クロワッサン
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本日、神戸ベイシェラトン ホテル&タワーズへ研修会に行ってきました。P&G主催の参加無料の研修で、あの「女性の品格」の著者、坂東眞理子さんの講演です。正直言って、男性にある私には耳の痛いこともありましたが、男性であるとか女性であるとかではなく、一人ひとりの人間として大切なことを学習できたかなあと思っています。とは言っても、それですぐに変われるほど人間ができているとは言えませんが・・・・(苦笑)。ま、日々の生活の中で意識したいとは思っています。
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私は24年間中学校で教員してました。今は役所勤め2年目ですが、やっぱり子どもたちのいる現場が自分には向いているなと痛切に感じています。別に自慢できるようなことができていたとは思いませんが、子どもたちとの関わりの中からいろいろと学ぶことが多かったなあと思っています。その中のエピソードをひとつ、今日は書かせてもらいます。
中学校では多くの学校でクラス毎等で合唱の取り組みをされています。その取り組みでのお話です。私は合唱がクラスの雰囲気を作ったり団結を深めたりするのにいいきっかけになるので、けっこう熱くなります。もちろんコンクール形式で行われることが多いのでいわゆる賞を取ることを目標にするとはいうものの、そこに至るまでの取り組み過程を大切にしながら・・・・。当時の私のクラス、1年生だったんですが4月の学級開きのときから「上手下手はともかくとして、合唱が大きな声で歌えるクラスにしよう!」という目標を掲げていました。で、いざ合唱の取り組みが始まったところ、1年生だったこともありまあ単純に歌う歌う! それって怒鳴ってるんちゃうかってぐらいに元気にそれこそほとんどの子が大きな声で歌ってくれたのです。私は「よしよし」と思いながら、実は気になることがありました。それは・・・・。クラスでも人一倍元気に歌ってくれている子が「音が外れている」んです。それも誰が聞いてもはっきりわかるぐらいに。私ははたと考えました。賞を狙うからには何とかしなければいけない。だからといってせっかく大きな声で歌っている子に「音が外れているから口パクしなさい。」とは絶対に言えません。仕方なく「いいよ~。むっちゃ元気があって! でも、力み過ぎないようにしよう!」と言ました。元来、音が外れる子ってそのことがわかっていません。わかっていたら外れませんもん! だから音楽が専門ではない私にはそう言うしか他に方法がなかったのです。クラスの他の子、とりわけ指揮をしてくれる子やピアノ伴奏をしてくれる子なんかはその子が外れていることは当然わかっています。なので、「おまえ、外れてるから口パクにしろ!」って声が上がるのをものすごく心配しました。でもね、子どもたちってすごいですよ。指揮と伴奏の子が中心になって、それぞれのパートのリーダーの子を集めて、「頑張って歌って音を外す子がいても、音がしっかり取れている子の方が多いんだし、その子たちがもっと頑張れば目立たなくなるんちゃう?」って言ってくれたのですよ。その子、音を外す子を責めてないんですよね。そりゃあ他の子の中には少しはいたかも知れません。でも、その発言を聞いて「そうやそうや。もっとみんなが頑張ればいいやん。」って声が主流になったんです。私はちょっと目頭が熱くなりました。本当に子どもってすごく純粋で大きな力を持っているんだって。
その年の合唱コンクール、おそらく純粋にハーモニーとかだったら他のクラスでうちよりよかったクラスがあったと思いますが、クラス全員が大きな口を開けて楽しそうに歌っていたこと、そういった取り組みの経緯を音楽の先生や他の学年の先生も知っていただいていたことで「金賞」をいただくことができたのです。もちろんクラスの子たち、とりわけ音が外れながらも精いっぱい歌ってくれた子の喜びようといったらありませんでした。本当にいい経験をさせてもらったし、子どもたちに大切なことを教えてもらったと思っています。
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あいかわらず世間ではいろいろなことが起こっていますな。
その中で最近思うのは、マスコミの報道とそれについての一部の人たちの反応についてです。私は職業柄、Yahoo!ニュースをよく閲覧するのですが、Yahoo!ニュースではコメントを書き込むことができる記事があります(元記事がどの新聞社かによって決まっているようですが)。その中で朝日新聞が法務大臣を死神と表記した記事と岐阜の食肉業者の産地偽装に関わる記事で感じたことを書きたいと思います。
前者では、裁判所の決定に対して、役職として死刑執行の許可を与えた現法務大臣に対して、死刑執行数が歴代大臣に比べて多いことをあげて死神と評したわけですが、死刑という刑罰に対する賛否は別にして(私自身それなりに思いは持っていますが)考える必要があると思っています。要は法に従って刑を執行することに対して、あたかもそれが罪であるかのような表現に問題があるのではないかと。確かに現法務大臣には失言等の問題があり、そのことについてもいろいろと報道はされていましたが、だからといってこのような表現が許されるわけではありません。また、実際に職業として刑を執行される刑務官の方々の精神的な苦痛をも考える必要があるでしょうし、犯罪被害者の方々の思いということにも目を向ける必要があるのではないでしょうか。そう考えると朝日新聞の表現は間違っていると言わざるを得ません。ですから、たとえ辛口に世評を論じるとか風刺であるからといった言い訳をしたとしてもその影響力を考えると、死神という言葉を使うことには大きな問題があると思うのです。そのことをしっかり受け止め、朝日新聞には明確な説明ないしは謝罪をする責任があると思っています。
次に、岐阜の食肉業者の事件ですが、これはもうその業者、とりわけ社長の責任が追及されてしかるべきです。どんな言い訳も許されないでしょう。ただ、私が気になったのはこの記事に対する書き込みです。いわゆる食肉業者ということで、「だから○○(差別語)は・・・・」ということが平気で書き込まれていたということです。○○には、ひとつではなく複数の言葉が書かれており、それもひらがなや漢字では削除されると思ったのか、ローマ字で書かれていたのです。こちらは昨今問題になっているネットの匿名性を利用した誹謗中傷に当たります。こういったことから、マスコミやネットを通じて様々な情報を得ている私たちは、本当に確かな人権意識や価値判断の基準を持っていないとややもすると流されてしまったり、知らないうちに偏見を植えつけられたりしてしまいます。だからといって一部見られるような何でもかんでも人権の名のもとに言葉狩りをしてしまうことも避けなければならないでしょう。本当に便利さゆえに難しい時代になったものだと思います。
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19日(木)・20日(金)の2日間、愛車323iのコーティングメンテナンスの最終回でした。あいにく戻ってくる日が雨でしたので、せっかくきれいになったのに・・・・と残念でなりません。
で、今回のメンテナンス時の代車なんですが、320i Hi-line アルピンホワイトということで、見た目は私の323iとまったく変わりませんでした。ちなみに、ママさんは代車であることに全然気がついていませんでしたわ(汗々)。ってぇことは、323iでも320iでも世間の目には同じってことですね。ま、それはいいとして、今回の320iはいわゆるイヤーチェンジモデルでして、エアコン等のダイヤルにクロームのリングがついていたり、エキゾーストパイプにフィニッシャーがついていたりでちょっと質感が上がってました。しかもエンジン出力も150psから156psになってます。肝心の乗った印象ですが、代車が1,000kmちょいしか乗っていないこともあり、出だしはかったるく感じました。以前に代車で乗った320i M-Spo(150psモデル)の方が元気に感じたぐらい。でも、DSモードで少し引っ張ってやるとそこそこの加速感で一般市街地で流れに乗るぐらいなら必要十分です。おそらく引っ張り癖をつけてやれば通常モードでも十分かなと・・・・。次に乗り換えるときは懐具合との相談になりますが320iかな。6気筒のスムーズなエンジンは十分魅力的なんですが・・・・。
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ここ最近のニュース等で、「命」について考えさせられることが多いです。で、改めて思い出した詩があります。
「命」 宮越由貴奈(小学四年)
命はとても大切だ
人間が生きるための電池みたいだ
でも電池はいつか切れる
命もいつかはなくなる
電池はすぐにとりかえられるけど
命はそう簡単にはとりかえられない
何年も何年も
月日がたってやっと
神様から与えられるものだ
命がないと人間は生きられない
でも
「命なんかいらない」
と言って
命をむだにする人もいる
まだたくさん命がつかえるのに
そんな人を見ると悲しくなる
命は休むことなく働いているのに
だから 私は命が疲れたと言うまで
せいいっぱい生きよう
電池が切れるまで 子ども病院からのメッセージ
角川文庫 すずらんの会/編
世の中には生きたくても生きられない人がいる。そんな当たり前のことさえ忘れてしまっているんです。私は別に神も仏も信じてはいません(苦しいときの神頼みはしてしまいますね)が、それでも命は与えられたものだと思っています。親やご先祖様から受け継いでいるのだと・・・・。もちろん自分の命は自分のものですが、でも自分だけのものでもないと思うんですよね。そう考えると自分やまわりの命を簡単には扱えないですよね。
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秋葉原の事件、いやな予想が当たってしまいましたね。あの事件のあと、模倣犯が何名か出てきています。いったい何を考えているんでしょうね、まったく・・・・。あきれてモノが言えませんわ。
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岩手・宮城内陸地震、時間が経つにつれて被害状況が明らかになってきています。地震の規模としては、阪神淡路大震災と変わらないということで、甚大な被害が懸念されます。現在も生き埋めになっておられる方が多数あるということですし、被害を受けているのが山間部が多いということで道路が寸断されたりしているようですが、一刻も早く救出してもらいたいと思います。
地震は天災ですから、ある程度仕方がない部分もあると思いますが、事前の危機管理意識について本当に考えさせられます。地震国であり、台風の通り道にもなっている日本は、昔から先人の知恵により対策も高じられていると思っています。ただ、台風に強くすると屋根が重くなりますし、そうなると地震時に倒壊する恐れも増えるように思いますから、そのあたりのバランスが難しいのかも知れませんが・・・・。今は被害者の救出と被災地の復旧が速やかに行われることを祈るしかできません。
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今日から3日間、幼稚園を訪問です。かわいい子どもたちが遊んでいるのを見て、その後保育についての研究協議をします。でも、私は中学校教員ですので、保育についての専門的なことはな~んもわかりません。なので、中学生までの成長段階の中で、この時期に何ができるのか、何をすべきなのかを考えたり教えていただいたりしたいと思っています。
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一秒の言葉 小泉吉宏
「はじめまして」
この一秒ほどの短い言葉に
一生のときめきを感じることがある
「ありがとう」
この一秒ほどの短い言葉に
人の優しさを知ることがある
「がんばって」
この一秒ほどの短い言葉で
勇気がよみがえってくることがある
「おめでとう」
この一秒ほどの短い言葉で
しあわせにあふれることがある
「ごめんなさい」
この一秒ほどの短い言葉に
人の弱さを見ることがある
「さようなら」
この一秒ほどの短い言葉が
一生の別れになる時がある
一秒に喜び 一秒に泣く
一生懸命 一秒
一生懸命 コミュニケーション
セイコーのCMで、23年前にテレビでたった一度だけ放映されたときの詩だそうです。その幻のCMが「時の記念日」の今日10日、ハイビジョンのリメーク版で復活すると読売新聞に載っていました。この幻のCM、1984年にラジオCMとして製作され、翌年の1985年にテレビCM化され暮れの民放「ゆく年くる年」で校舎を背景に詩が流れるイメージCMとして放送されたのだそうです。放送後に、「詩を結婚式のスピーチに使いたい」とか「教材にしたい」という問い合わせが、毎年のようにセイコー社にあったそうです。また、詩はファンによりネットにもアップされ、今年の4月には小学5年生用の「道徳」副読本にまで採用されたそうです。今日10日にこの詩が放送されるのは、BS日テレでの「トラベリックス3」(午後10時)などで、セイコー社のサイト(http://www.1byou-no-kotoba.jp/index.html)でも見られます。そのCMでは、最後の1行、「一生懸命 コミュニケーション」は入ってなかったですね。でも、とっても雰囲気のあるCMだと思いました。
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またまたいや~な事件が起こってしまいましたね。
6月8日(日)午後零時半頃、惨劇は起こりました。トラックが歩行者天国の通りに突っ込み、通行人をはねたあと、運転していた男が路上で次々に通行人らをサバイバルナイフで刺し、7人が死亡、10人が重軽傷を負ったというものです。
しかもその犯人、当日携帯電話サイトの掲示板に「車でつっこんで、車が使えなくなったらナイフを使います みなさんさようなら」などと犯行を予告するような書き込みまでしていたというのです。携帯電話サイトの掲示板には「秋葉原で人を殺します」というタイトルで、8日午前5時21分に書き込みが始まり、神奈川県での休憩、渋谷で渋滞に巻き込まれたなど、移動中の様子も書き込まれていたほか、「秋葉原についた」「今日は歩行者天国だよね?」などと経過報告のようなことも書き込まれていたといいます。さらに事件の20分前には「時間です」とも書かれていたということで、明らかに計画的犯行であることが伺えます。
どうしてこうも自己中心的な犯行が起こるのでしょうか。見ず知らずの何の罪もない人を平気で殺傷できるその精神構造が私は理解できませんし、理解したいとも思いません。今後は犯行動機や精神状況について、いやでもマスコミは報道していくことでしょうが、どう考えても裁判になれば「死刑」が求刑されることになると思います。でも、弁護する側はどういう方向性で弁護するのでしょうか。あいかわらず心神耗弱とか理由をつけて罪の軽減を図ろうとするのでしょうか。それが本当に命までも奪われた人たちの気持ちに沿ったものとなるのでしょうか。確かに「罪を憎んで人を憎まず」という考え方を頭から否定するつもりはありませんが、あくまでもそれは犯罪に至るまでの経緯を冷静に状況判断してのことだと思います。
今回の事件はどう考えても犯人に対して情状酌量の余地などありませんから、極刑に処するしかないと思うのですが・・・・。そして、何よりも懸念されるのが模倣犯のことです。マスコミの報道に対する姿勢も含めて、考えていく必要があるように思えます。本当にこの国はどこへ向かっているのでしょうか・・・・。
被害者の方々のご冥福を心からお祈りいたします。
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今日は午前中、研修会で出勤でしたので、朝5時半頃からいつもの河川敷へお二人さんを連れて行きました。
実は、朝早かったせいもあり、芝が朝露で思いっ切り濡れていました。
伸びすぎた芝は刈られていて、ところどころに刈った芝が山になっていました。
マロもポロも、その山が気になるようで、フンフンフンフン、においを嗅いでいましたわ。
走るお二人さん!
なぜかつかず離れずのお二人さんでした。
マロ、足・胸がビショビショになってしまって、ちょっと不機嫌です。
マロ、座り込んでしましました。
ポロは濡れても全然お構いなし!
元気に走り回るポロでした。
服も濡れてしまったので、裸になってます。このあと午後、シャンプーなので・・・・。
う~ん、ちょっと太めかな?
ポロも裸です。
う~ん、やっぱり太め? ダイエットしてるんですけどねえ。
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いやあ、今週もしんどい! 夜の会議や市内の学校園の訪問やらで・・・・。
帰ってマロ・ポロと戯れることで唯一癒されています。あ、今日は写真、ありません。お二人さんは日中はお留守番ということで、私やママさんが帰ってくると、甘えたり、遊びに誘ったり、それはもう大騒ぎです。とにかくあと1日、がんばりますわ。
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